メキシコで一番危険な「テピト」にあるタコスの店へ行ったらかなりヤバかった…

『タコス』は僕が2番めに好きな食べ物と

とにかくタコス好きなので、メキシコシティへに

到着した初日にタコスの屋台やレストランの

食べ歩きをしていた。

 

いつもは『Googleマップ』で調べて、写真を見て、評価が

良い店へ行くことが多いのだが、そんな感じで探したら

4.7 / 5点と、かなり評判が良いタコスの店を見つけた。

 

『Tacos Ramiro』という店なのだが、レビューによると

この店では『古典的な牛の腹』のタコスを食べることが

出来るらしく、かなり魅力的で、行きたくなった。

 

ちなみに牛の腹とは、内蔵系の事らしい。

 

たた、場所が『テピト(TEPITO)』と言って、メキシコでも

一番危ないエリアの様だ。

 

調べたところによると

 

・週に何回もバスジャックが起こる

・銃やドラッグが買えるブラックマーケット

・メキシコ最大の偽物、コピー品マーケット

・カメラやスマホで写真を撮影するだけで目をつけられる

 

など、地元に住んでる人に聞いても、危険な様で

用事がない限り、行きたくないと言っているほど。

 

だが、

 

無類のタコス好きとしては、評判がかなり良く、レアな

古典的なタコスを食べられるとなると、行かないという

選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

南側の観光地エリアからからテピトへ

実は『窓からの景色が良い』という理由だけで

民泊のAirbnbから適当に予約した宿が、テピトまで

歩いて15分程度ということも、行こうと思った

理由の一つ。

 

いつもは、首にかけて出歩くカメラを置いて

お金も最小限だけ持ち、一応スマホは持って

外へ出かけた。

 

時間は夕方の5時で、もう少ししたら

暗くなり始める時間だった。

 

そのため少し急いで歩いたのですが、テピトに入る前の

エリアに大きなマーケットがあるだが、歩いても歩いても

全く、白人もアジア人も居ない...

 

だが、危なそうな雰囲気は無かったので、目的地までの

道をひたすら進む。

 

そして、テピトとの境の大通りに差し掛かかった。

 

全く信用は出来ないが、入り口に警察がいたり

まだ今のところ雰囲気は、悪くないと感じたので

さらに進むことに。

 

そして、入り口から約3分ほど歩いて、例のタコス屋へ

到着したのだが...

 

なんと閉店して、店の片付けをしていた。

 

そのため、引き返すか迷ったのだが、もう少しだけ

進むことに決めた。

 

正直、この選択肢は間違いだった。

 

 

 

 

 

客引きが全員ドラッグ、銃の売人

さらに、3分程奥に進むと、何か空気が変わった。

 

少しずつ暗くなって来たこともあり、店じまいを

始める店舗が多くなってきて、さっきまでの

マーケットの賑やかな雰囲気とは裏腹に

何人もの人の視線を感じる。

 

そして一人の男が声をかけてきた

 

「ヘイ!ブラザー!ウィード、クラック、コーク、ヘロ、メス??」

 

と、明らかにドラッグの売人だった。

 

ちなみに、

 

ウィード=大麻

クラック=コカイン

コーク=コカイン

ヘロ=ヘロイン

メス=覚醒剤

 

そんな売人が3mおきに20人以上いて

皆こちらをジロジロと見てきた。

 

さらに何人かが近づいてきて、腕を捕まれたり

肩を組まれたり...

 

かなり強引な客引と言った感じだろうか。

 

命の危険とまでは言わないが、

 

「このままだとヤバイな!!」

 

と感じ、そこで引き返すことにした。

 

さすがに、アジア人や白人が全くおらず、現地の

メキシカンばかりの中では目立ちすぎた様だ。

 

引き返そうとした時に、その売人が笑いながら

 

「ガンズ?」

 

と言っていた。

 

冗談なのかもしれないが、本当に銃も買えるのかもしれない。

 

さらに戻り際には、明らかに後を付けられたりと、身の危険を

感じながらも、何とかテピトとの境の大通りを渡りきった。

 

そして、回りに人たちを見渡したが明らかに普通の人達で

ホッと一安心した。

 

 

 

 

 

やはり「ここはメキシコだな...」と実感

アジアのスラムや危険と言われている地域は

同じアジア人と言うこともあるのか、あまり

見の危険を感じた事は無かった。

 

だが、メキシコシティのテピトでは全く違った。

歴史的な建物が立ち並ぶ、セントロ、コンデサなどの

観光エリアはアメリカ人を始めした、白人が多いし

半端ない人数の軍隊や警察が立っている。

 

そのため、

 

「メキシコって思ったよりも安全な国なんだな。」

 

と、勘違いしてしまって部分も少なからずあったと思う。

 

そんな安全なエリアから歩いて15分もしない場所に

この危険なエリアはある。

 

国も警察も見捨ててしまったテピトへは近づかない方が

良いのは間違いないと実感した出来事だった。

 

と、こんな事を書いて置きながら、翌日の昼過ぎに

例のタコス店へ行ってきたので、写真を載せようと思う。

 

今日は何事も無く、帰ってこれた。

 


カテゴリ:旅の記録 

普通じゃない「自分探しの旅」をする方法

『自分探しの旅』なんて

しても無駄と言う人たちがいる。

 

というか、

 

Googleでそう検索しても

ほとんどの人がそういう

同じ意見の記事を書いている。

 

本当、

 

詰まらないし

夢がない

 

何より、頭が良く優秀そうで

日本人らしい意見だなと感じる。

 

もしかしたら彼らは

 

本当に楽しいこととか

心からの幸せを味わったことが

無いのかもしれない。

 

とはいえ、

 

僕自身、何度も

失敗をくり返してきた身ので

人のことをつべこべ言える

立場では無いのだが...

 

 

 

 

 

 

海外へ行って感じた「新しい自分」はいったい何だったのか...

昔から何かと

 

『自分探しの旅』

 

といっては、何回も

海外を旅してきた。

 

日本を脱出し

ニューヨークや香港などの

エネルギッシュな街で

非現実と開放感を味わい。

 

その時は、自分のことを

まるでスーパーマンの様に

 

「可能性は無限だ!」

 

と感じられた。

 

でも、

 

そんな素敵な感情も

日本へ戻れば、わずか数日で

消え去ってしまう。

 

そして、

 

「あの時の姿こそ、本当の自分のはず...」

 

というカッコ良かった

理想像は徐々に崩れ去り

気がつけば現実に飲み込まれてしまう。

 

会社へ向かう、通勤ラッシュの満員電車で

地下鉄の窓に映る自分の顔は

なんだか疲れている様に見え

NYの地下鉄の時とはまるで別人だ。

 

海外へ行く度に、こんな思いの繰り返し。

 

だんだんと

 

『自分探しの旅』

 

では無く、ただの

 

『現実逃避』

 

なのかなと思い始め

弱気になってくる。

 

 

 

 

 

でも、日本にいては気が付かないこともある

僕の約8年間のサラリーマン生活を振り返り

 

日常の生活を同じリズムで繰り返していると

全ての行動が習慣化してしまい

「当たり前」になり

あまり深く考えなくなってしまう。

 

「週末は、新宿へ出かけようかな」とか

「今日も昼は、立ち食い蕎麦を食べよう」

 

や、自分の好みに関しても

 

「ステーキが好き」とか「アメリカが好き」

「あの車が好き」「あの映画が好き」

 

など。

 

でも、海外へ出て

 

いつもと違う部屋

いつもと違う景色

いつもと違う人々

いつもと違う匂い

いつもと違う音

いつもと違う食べ物

 

普段とは違うこれらを感じ、体験することで

 

いつもと違う

 

『新しい自分』

 

に、気付くことがある。

 

厳密に言えば、

 

当たり前すぎて普段は

気が付かなかったり

恥ずかしい過去の出来事に

フタをして気がつかないフリをしていたり...

 

とはいっても、そういうことに

気が付き出したのは、最近の話で

サラリーマン時代には、そんな事には

全く気が付いていなかった。

 

いったい昔と今の旅は

何が違うのだろうか?

 

じっくりと考えてみたら

大きな違いを見つけることができた。

 

 

 

 

 

サラリーマン時代の海外旅行は「ただの観光」だった

サラリーマン時代の

海外旅行はというと

「ここも、あそこも行きたい!」

と、欲張って観光しすぎたせいで
疲れ果ててしまい

ホテルへ戻るころには
ぐったりとしていた。

そのため、

歴史的な建物や

人種が違う人々
雄大な自然

普段とは違う食べ物

 

などから

何かを感じたとしても

肝心の頭が働かず
考える余裕が無かった。

今さら昔のことを後悔しても

意味ないのは承知だが...

 

思い返すと勿体無いと思ってしまう。

 

ちなみに、僕はここ3ヶ月で

 

ニューヨーク

メキシコ・シティ

香港

シンガポール

北京

ストックホルム

ハノイ

クアラルンプール

 

などの都市にステイした。

 

さらに、

 

ここ1年ほどは

以前とは、旅のスタイルを変えた。

 

一体、何を変えたのかというと

 

『観光しなくなった』

 

ということ。

 

例えばNYなら

 

自由の女神

セントラルパーク

メトロポリタン美術館

タイムズスクエアー

エンパイアステートビル

グランド・セントラル駅

 

など無数の観光地や

それ以外にも、有名なレストランや

カフェなどの見どころがたくさんある。

 

 

でも、この前のNYステイでは

全く観光をしなかった。

 

というか、

 

一度もダウンタウン、マンハッタンへ

行かずに、ずっとブルックリンの

狭いエリアで過ごした。

 

朝はゆっくり起きて

最近、近くに見つけた

お気に入りのカフェへ行き

仕事や読書をする。

 

そして眠くなったら

一度、部屋に戻り昼寝タイム。

 

夕方には2時間ほど

ブルックリンのイーストリバー沿いや

家の近所を散歩する。

 

こんな感じでまるで

サラリーマン時代の休日の様な

時間を過ごしてみた。

 

そのため、時差ボケで頭がボーっと

しながらも体は全くもって疲れず

のんびりとした時間を過ごすことができた。

 

もちろん観光をすることを否定するつもりは

全く無いし、実際に今まで観光しては

泣きそうなくらい感動したという経験は

何度もしてきた。

 

ただ今回、観光しないことの

最大のメリットである

 

『疲れない』

 

ということが、どれだけ重要なのかを

実感することになった。

 

 

 

 

 

疲れていては「自分を知るため」に必要な思考が停止してしまう

僕の海外旅行は、ほとんどが一人旅だ。

 

そして、

 

言葉もろくに通じず

友達や知り合いも全くいない

異国の地で、1人っきりで

たまにあることをする。

 

それは、

 

ステイ先の部屋だったり、

眺めが良い場所だったり

場所はさまざまなのだが

 

スマホもテレビもパソコンもない静かな場所で

1人きりで紙とペンだけをもって考える。

 

・やりたい事

・なりたい自分

・欲しいもの

 

を真っ白い紙に書き殴る。

 

そしてその中から『最も優先順位が高いもの』に

印をつけていく。

 

そして、1つになるまで絞り込む。

 

もちろん、最初の頃はどうでもいい事

ばかりが思い浮かんで、かなりしょぼかった。

 

でもだんだんと絞り込めてきて

最終的に頭に鳴り響いてきた単語は

 

「人に伝える」

 

と言うこと。

 

なんだそれ?と思われるかも知れないが、

 

それまで僕は、人に本性を見せずに

ダサかったり、カッコ悪いことは

全て隠していて、正直に言ってしまうと

誰にも本性を見せたことが無かった。

 

でもそれが分かって以来、自分を

さらけ出す事ができるようになった。

 

・幼稚園でいじめられた事

・小学生の時はオネショ少年

・20代後半までどもり症だった過去

・疲れやすいので、実はすごい引きこもり願望が

・つい半年前まで毎日「死にたい」と思っていた...

 

と、上げればキリがないが

もうこれでバレることを恐れる必要も無くなったし

『弱点』というものが消えた。

 

正直、今はもう会っていない旧友に

これらを伝えたら目をまんまるにして

かなりビックリすることだろう。

 

さらに、

 

これらを友人に話してみたところ

目に涙を浮かべながら同感してくれて

彼も今まで心に抱えていた『苦悩』や

『過去の辛い経験』などを話してくれ

今までとは次元が違うくらい仲が深まった

という体験をした。

 

これは1人の友人だけではなく、何人もの話だ。

 

それ以来、このブログやFacebookで

自分の経験をどんどん書いているのだが

Facebookでは毎日数十件のコメントを

もらったり、ブログもたくさんのアクセスが

来たりと、正直ビックリしている。

 

全ては、疲れてしまう観光をやめ

異国の地で1人きりで『自分探し』を

した結果が間違いなく今につながっている。

 

 

 

 

 

他人軸「みんなの理想像」を追いかけることが一番不幸

今、僕は心の奥底からやりたい

目標が見つかり、ありがたいことに

毎日充実感を感じることができている。

 

もしかしたら以前の自分のように

人間は目標が無いことが一番不幸

なのかもしれない。

 

ただの目標のことではない。

 

『真実の目標』のことだ。

 

他人やテレビなどのメディアに

植え付けられた夢や妄想ではなく

心の奥底から湧き出る本物の目標。

 

よく「僕はフェラーリに乗りたい!」とか

「私はタワーマンションに住みたい!」とか

いう人がいる。

 

でも、恐らくこれらは他人に植え付けられた

『他人軸』の目標ではないか。

 

他人軸の目標は、本当の目標では無いので

達成する前に心が折れるだろうし

もし達成したとしても満足感を

感じることはできないと思う。

 

本当に、フェラーリやタワーマンションが

好きなら良いのだが、恐らくほとんどの人は

 

「他の成功者がやっているから」

 

という理由などで、それらを目標に

してしまっている。

 

実際に、昔の僕も似たようなものだったので

 

「モチベーションが上がらない...」

 

とか

 

「思うように行動できない...」

 

と、何回も言い訳をしてきたのだが、

 

『みんながカッコイイ」と思う理想像を

追うのを辞めて、自分らしく生き始めたことで

回りの人や『自分自身』に素直になれ

生きることがすごく楽になり、

 

迷いが無くなったお陰で

様々な物事がうまくいくようになった。

 

 

 

 

 

真の「自分の夢」を追いかけて

もしかしたらあなたから出てくる夢は

あなた自身が思っていたものよりも

かなりショボいかもしれない。

 

他人に笑われるような夢かもしれない...

 

でも、

 

ガッカリしないで欲しい。

 

それが分かることで、

他人の嘲笑も聞こえなくなるほど

充実感がある人生を送れるようになる。

 

本当、他人の夢や理想像を追いかけ続けるほど

虚しい人生はないと思う。

 

ビジネス、仕事、勉強などでモチベーションが

下がって挫折したり、運良く達成して屁のような

顔をすることもない。

 

そのためには、

 

孤独な時間をつくり、

あなただけの夢を見つけて欲しい。

 

他人は無関係で、

 

自分軸で人生を生きて、

 

自分軸の中で最高を目指して、

 

自分の心と対話して、

 

そうすることで

真実の目標が必ず見つかる。

 

これが僕の

 

心の声がきこえる「自分探しの旅」をする方法。

 

今も本当ワクワクしている。

 

大好きなNYのカフェにて。

 

森翔吾

 


今日の職場は…「メキシコシティの部屋から、築300年の教会を眺めながら」

今は1月下旬で、日本では大雪が降った様なのだが

ここメキシコシティの最高気温は約20度と

とても快適で過ごしやすい。

 

部屋の窓を開けると外からは、陽気なメキシカン音楽が

聞こえてくる。

 

そんな窓からは、約300年前の1736年に建設された

サント・ドミンゴ教会が見える。

 

ヨーロッパを思わせる、バロック様式の教会は

何とも美しく、ずっとこの景色を眺めていても

全く飽きない。

 

 

 

 

 

メキシコシティは観光地で世界一になった魅力的な街

2016年のニューヨーク・タイムズ紙が発表した

世界の観光地ランキングでは、ここメキシコシティが

堂々の1位になったらしい。

 

正直、ここへ来るまでは全くそんな良いイメージは

持っていなかったのだが...

 

実際にメキシコシティへ来てみて、世界1位に選ばれた

理由に納得した。

 

スペインの植民地だったこともあり、街を歩いてみても

ヨーロッパを思わせる景色が多かった。

 

 

 

 

 

ラテンの陽気な雰囲気で気分が盛り上がる

そんな期待を遥かに超えた、魅力的な街『メキシコシティ』

だけあって、観光名所は無数にある。

 

だが今回もあえて、観光はかなり控えめにして、自分らしい

旅のスタイルでもある

 

「のんびりと、カフェやステイ先で過ごす」

 

ことを優先した。

 

もちろん、全く観光していない訳では無いが、行きたい場所は

2~3個にしぼって、残りの時間はメキシコシティの

空気感とか、生活感を楽しんだ。

 

冬でも比較的温かい気候、

どこかのレストランから聞こえる陽気なラテン系の音楽、

子供たちのはしゃぎ声もスペイン語...など。

 

つい先日までステイしていたNYと同様に、居心地が良いカフェや

ステイ先の部屋で仕事をしたり、読書をしたり、昼寝をしたり。

 

また、メキシコシティでは「お腹が空いたな」と思ったら

近所にたくさんある屋台やレストランで『タコス』を3個

くらい食べる。

 

ちなみに、『タコス』は僕が2番目に好きな食べ物で

地元民しか行かない屋台や食堂であれば、1枚50円以下で

食べられ、観光地でも120円程度で食べることが出来る。

 

こんな最高の環境で過ごし、仕事をすれば、はかどらない訳がない!

 

今までアメリカとか、ヨーロッパとか、アジアとか、日本国内など

色々な場所を旅行して来たのだが、先日までステイしていた

ニューヨークと、ここメキシコシティの組み合わせが

今までで一番最高だなと感じた。

 

ニューヨークは刺激的でクール、

メキシコシティは陽気さとタコス、

 

両者ともずば抜けて良いと感じる部分があり

僕の気分を最高潮に盛り上げてくれると感じる。

 

今後、この2コースが増えそうな気がする。

 

自分らしい旅にさらに磨きがかかって来て嬉しく思う。

 

 


今日の職場は…「メキシコ・グアナファトで。コロニアル建築の中はモダンカフェ」

ニューヨークからメキシコの飛行機は夜に到着したため

メキシコシティの適当な宿に、一泊した。

 

そして、ホテルの近くのバスターミナルから約5時間かけて

メキシコで一番美しいと言われている、グアナファトと言う

町にやってきた。

 

この町に着くまでは、メキシコの街並みには全く期待して

いなかったのだが、見事に期待を裏切られた。

 

と言うか、予想を遥かに上回っていて、旧市街へ一歩足を踏み

入れた瞬間から、もうこの町の虜になってしまったほどだ。笑

 

 

 

 

 

洗練されたNYからメキシコへ来たので、期待感はかなり低かった

前日までステイしていたニューヨークでは、毎日の様に

洗練されて居心地が良いカフェへ通っては、ニューヨーカーたちに

混ざり、一緒に仕事をしたりしていた。

 

そんな生活は、凄く刺激的で、客観的にクールに感じていたこともあり

ニューヨークを去る時は、

 

「あ~、メキシコなんか行きたくない!!」

 

と、かなり後悔していた。

 

のだが...

 

この町にも、NYに負けない素晴らしいカフェが存在した。

 

 

 

 

 

コロニアル建築の中にはモダンカフェ&挽き立てフレンチプレスが2杯で200円

メキシコシティから北西に約350km、バスで約5時間。

 

何となくスペインの面影が残る、カラフルなコロニアル建築の

建物が急斜面にびっしりと立ち並ぶ。

 

そんな、町を適当に散歩していて、雰囲気が良さそうなカフェを

発見したので、入ってみることに。

 

コロニアル建築の外観と、店内のモダンの雰囲気のギャップに

どんどん、ワクワク感が湧き出てくる。

 

そして、今回は色々あるコーヒーのメニューの中から

フレンチプレスを選択した。

 

コーヒーな注文を受けてから挽き、コーヒー豆のとても

いい香りが店内に立ち込める。

 

コーヒーが出て来るまでの数分間、そんな余韻を楽しんでいた。

 

そして、出てきたコーヒーを一口飲んだのだが

思わぬため息が出た。

 

あまり、コーヒーには詳しくないし、全くもってこだわりは

無いのだが、間違いなく美味しい。

 

さすが、挽き立てで苦味が全くなく、多少の酸味が

美味しさを引き立ててくれる。

 

最大の魅力は、少し大きめのコーヒーカップ2杯分で  

わずか200円くらいという価格だ。

 

1000円払っても全く惜しくない、味と雰囲気だと思った。

 

そんな雰囲気の中で、いつも通り仕事をこなしたのだが

これも、いつも通りで『凄いスピード』で仕事が

終わってしまった。

 

今回も非現実感からくる、パワーと恩恵を実感しのだが

ランナーズハイの様に、不安とか迷いの感情が消え

 

「自分は無敵」

 

と思える瞬間。

 

もう、何ともたまらない!

 

そして、毎度ながら、素敵な出会いに心から感謝したい。

 

グラシアス!

 


カテゴリ:旅の記録 

ニューヨークで「自分らしさ」を取り戻す

約2週間のニューヨークステイ。

 

観光名所が多いダウンタウンへ一度も行かないなど、全く観光をせずに

ずっと一部の狭いエリアで過ごし、現地の人に溶け込むように

生活をしてみた。

 

大体、毎日2~3時間ほど散歩をしていたのだが、良さそうなカフェや

レストランを見つけては、何度も通ってみたり、イーストリバー沿いで

ボーっと息抜きをしたり、と現地のフリーランスのクリエーターや

スーツ姿のサラリーマンたちに混ざって仕事をし、休憩した。

 

また、よく通ったカフェでは同じ人を何度か見かけたし、

様々なニューヨークのカフェで、パソコンと資料を持ち込んで

仕事をしている人をよく見かけた。

 

そんな光景を2週間も眺めていると、日本でももっと自由な仕事の

スタイルが定着してほしいなと感じた。

 

 

 

 

 

散歩中するエリアによって、常識が変わる

日本にいると常識から少しでも外れると、白い目で見られることが多い

と思う。

 

例えば

 

金髪、ピンクやブルーなどカラフルな髪色、

ジャージで街中を歩いたり、

電車内で電話で話したり...

 

しかし、ここニューヨークには、そもそもいろんな人種や国

 

白人

黒人

ユダヤ系

アジア系

アラブ系

南米系

中東系

アフリカ系...

 

など、もっと細かく分ければきりがないが、街中を歩き回れば

1時間くらい毎に、ユダヤ人ばかりになったり、次は黒人ばかり

次はインド人ばかりになったり、と街の雰囲気や売っている物も

変わるし、とにかく服装だってバラバラで全く、日本人的な

常識という言葉を当てはめることができない。

 

もちろん、それによって軋轢を生み、デモや殺人事件に繋がった

例も結構あるので、良いとも悪いとも言えないのだが

日本人的には少しは見習っても良いのかなという気持ちになった。

 

 

 

 

 

非常識に染まり、自分らしさを見つめる

ここ最近の3ヶ月間は、ストックホルム、シンガポール

クアラルンプール、メキシコシティ、そしてニューヨークと

半分以上を海外で過ごしたということも大きいと思うのだが

いい意味で『非常識』になれ、自分らしさが分かって来た気がする。

 

例えば、

日本ではサラリーマンで出世するのが、一番理想的なイメージ

だと思うのだが、海外ではサラリーマンだろうが、バイトだろうが

人生を楽しんだ者勝ちという感じが伝わってくる。

 

そういう具合で、

 

「コレじゃなくちゃダメ!」

 

というのが強すぎて、少しでも道を外れたら除け者にされてしまう。

 

除け者にされていなくても、

 

「この選択は失敗だったのかもしれない..」

 

と、サラリーマンを辞めて、自分の仕事をする様になり

そう不安な気持ちになった事が何度もあった。

 

もちろん、逆にそうやって皆が足並みを揃えているからこそ

街が綺麗になったり、気遣いができたり、メリットも

沢山あるのだが、一番重要な

 

「自分らしさ」

 

という個性が、精神病などの病気の様に片付けられてしまい

全く尊重されていない事はとても悲しく思う。

 

 

 

 

 

日本にいたらこの文章は書けなかった

もし、今回ニューヨークに来ずに、ずっと日本にいたのなら

この感情にも気が付かずかなかったかもしれない。

 

さらに、こんな事を書いても、

 

「誰かに批判されないか心配だな...」

 

と、昔からの自分の様に、縮こまっていただろうし

パソコンのウイルスソフトの様に、ウイルスが入ってきたと勘違いし

自分の『心の声』を消してしまったと思う。

 

正直、ニューヨークで書く文章と、東京で書く文章は全く違う。

 

心が開いたり閉じたり、テンションが上ったり下がったり。

 

ただ、そんな感じで波の曲線を描いているが、『自分らしさ』に

向かって近づいているのは間違いない。

 

今後、どんな事が起こるのか、とてもワクワクしている。

 

ニューヨークのカフェにて。

 



Who are you man?




森 翔吾


今は「旅行ブログ」や「輸入物販」の取引先に会うため毎月海外へ。

そして1年の「1/3」を海外で仕事をするという8年間のサラリーマン時代から考えたら『夢の世界』を実践中。

FBを見る

森翔吾は「旅」をする
運命だった!?


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